10年後のタクシードライバーの小松と小山!離散と死別

フジテレビで放送の
「ザ・ノンフィクション十年後のタクシードライバー」は、
2人のタクシードライバーの人生模様。。

何が幸せなんだろうと考えさせられました。

2016年12月18日放送の
「ザ・ノンフィクション十年後のタクシードライバー」
で取材されたのは、
小松繁一さんと小山光子さんです。

2006年に取材し、
十年後の2016年に再取材しました。

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仙台の小松繁一


10年前にあった時、小松さんは勤めていた会社が倒産し、クビになっていました。
健康センターの所長でした。

お嫁さんは、台湾人のフェイリンさんで、11歳の息子もいました。
フェイリンさんとは、同じ職場で知り合い結婚しました。

10年前には、地元で職を探すも見つからず、東京へタクシードライバーとして働きに出かけるところでした。

57歳の小松さんにとって、知らない土地で全く新しい仕事につくのは、簡単なことではないでしょう。。

それをしなければいけない状況を考えると、身につまされます。

東京へタクシードライバーとして働きに行きましたが、最初は乗務員のための研修を受けなければいけません。
都内の道を頭に叩き込んで、覚えるのは、大変なことです!




タクシー画像





1ヶ月後、同乗教習(教官が後部座席に乗り指導する)が始まりました。
最初から怒鳴られ、落ち込んでしまった小松さん。

その後仙台に戻ってしまいました。
ですが、現実はもっと厳しく、仙台で職は見つかりませんでした。

それで、会社に謝り、東京でのタクシー勤務を始めました。

そして10年後・・・
結局小松さんは、東京のタクシードライバーは辞めていました。

さらに、とんでもない騒動を起こしていました。
家賃を7ヶ月滞納し、裁判所から呼び出しを受けたのです。

結局少しづつ返済することで、家に住み続けることができました。

ですが、妻と子供からは、あきれられてしまいました。

息子に取材すると、息子がジムに通うために母のカードを使ったが、引き落とされていませんでした。
真相は、小松さんが勝手にそのカードを使っていたのです。
息子は、小松さんに対して、怒りを爆発させたそうです。

息子はアルバイトで生活しています。
今は筋トレにはまっていて、結構イケメン!
ですが、「40歳まで生きていようと思わない」と語りました。。

本気かな?
なんか心に穴をあけられた気分になりました。。

奥さんは、母の介護のため台湾に戻っていました。
自分はお金がないので、力を使わないといけないと語りました。

お母さんを看取るまでは、台湾にいようと思っています。

そして、現在の小松さんは、住み込みで旅館の仕事に着きました。
日給6800円。
食事は切り詰めて暮らしています。

奥さんとは、LINEでやり取りしています。

小松さんの希望は、家族で一緒に住むことです。。。

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釧路の小山光子


10年前の小山さんは、家計の足しになればと昼間だけタクシードライバーをしていました。

家族は、2歳年下の夫と娘と息子です。

夫のじゅんさんは、北海トロール船の乗組員です。
寡黙な海の男に、光子さんが惚れて、結婚しました。

久しぶりに帰って来た夫に会えて、静かにうきうきしている光子さん。

じゅんさんは、心筋梗塞で倒れたことがあり、あまり無茶はできません。
トロール船での仕事は苛酷なので、そのようなからだでは大変です。

ですが、じゅんさんは、現在住んでいる家賃25000円の古い一軒家を出て、早く家を買いたいと考えていました。
そして、娘を持ち家からお嫁に行かせたい、
息子にはお嫁をもらいたい、
と思っていました。

そこで、半年間は戻って来られない海外のトロール船に乗ることにしました。

そして10年後、、、

数ヶ月前に、じゅんさんは亡くなっていました。
すでに船は降りており、静岡で出稼ぎ中のことでした。

悲しみが癒えていない光子さん。

娘の留美子さんも、悲しみの中にいます。
ですが、泣いてしまうとお母さんが悲しむのでお母さんの前では泣かないと告白してくれました。

光子さんは、今もタクシードライバーを続けています。
身体障害者の送迎や、買い物の付き合いで、どうやら引っ張りだこのようです。

ご本人は、さばさばした様子ですが、
細やかな心配りや優しさにお客さんもホッとするのだと思います。

ある日、港にトロール船の夫の元同僚を訪ねて行きました。
そして、大量のイワシをもらってきました。

純さんが好きだったイワシのつみれ汁を作ります。

包丁がよく切れないから・・と言い訳する光子さん。
包丁を研ぐのは、じゅんさんの仕事で、
じゅんさんがいなくなった今、研ぐ人がいないので切れなくなったと言っています。

ですが、娘の留美子さんが、
実はじゅんさんが研いだ別の包丁があるとこっそり教えてくれました。

光子さんは、その包丁をとっといているのだと留美子さんは言います。

それを光子さんに言うと、
あーそうだった。。
最後にあの人が研いだのがあった。。
切れなくなると帰って来ていたんだ。。
と少し涙目で語ってくれました。

光子さんは、出かける時に必ずじゅんさんの時計を身につけています。

光子さんは2年前に、人工関節の手術を受けました。
経過は良好です。

札幌の病院に定期検診に行った光子さんの腕には、じゅんさんの腕時計、
娘の留美子さんの指には、じゅんさんのピンキーリングがはめられていました!

今もなお愛され続けているじゅんさん。。

小松さんも小山さんも、一生懸命生きていました。
みんな幸せを求めています。

自分でも、自分にとっての幸せを再確認し、噛み締めてみたいと思いました。。

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