國松孝次の現在は?ドクターヘリ普及に尽力!その理由は?

國松孝次さんは、
もと警察庁長官です。

狙撃された警察長官として、
知られています。

衝撃的な事件でしたが、
結局未解決事件として終わってしまいました。

命の危機にさらされた
國松孝次さんでしたが、
優秀な医師のおかげで、
一命を取り留めました。

國松孝次さんは、
現在様々な組織の理事をされていますが、
その中でも力を入れてきたのは、
ドクターヘリの普及です。

なぜドクターヘリの普及に
尽力されているのでしょうか?

理由が気になります〜

スポンサーリンク



國松孝次の経歴


國松孝次(くにまつ たかじ)さんは、
いわゆるキャリア官僚でした。


東京大学法学部第二類(公法)卒業後、
1961年に警察庁に入庁しています。


1969年に警視庁本富士警察署署長を皮切りに、
内閣官房長官秘書官事務取扱や、
在フランス日本国大使館一等書記官、
警視庁公安部長などを歴任します。


1994年に警察庁長官に上り詰めます。



國松孝次画像




そして、
1995年3月31日に
東京都の南千住の自宅マンション前で、
銃撃されました。


日本の治安を守る立場の人が、
簡単に銃撃されたということで、
いろいろな意味で大変な事件になりました。


SPはついていたはずですが、
何やってたんだろう??って、
思いましたね〜


オーム真理教の仕業ではないかと
言われてましたけど、
結局真相は闇の中で終わってしまいました。


その後
國松長官は、
奇跡的に命を取り留め、
職務に復帰します。


1997年3月31日に退官。

1999年
在スイス日本国大使館の特命全権大使に就任。


2002年12月に帰国しました。


2003年7月に
特定非営利活動法人救急ヘリ病院ネットワーク理事長
に就任しました。


ちなみに、
生年月日は、
1937年6月28日です。


出身地は静岡県浜松市です。

スポンサーリンク



國松孝次の現在


経歴でも書きましたが、
國松孝次さんは、
2003年7月に
「特定非営利活動法人救急ヘリ病院ネットワーク」
の理事長に就任しました。


現在もこの活動を続けています。


就任した理由は、
ご自身が銃撃された事件にさかのぼります。


その時治療に当たってくれた医師から
誘いを受けたからです。


2003年当時
日本全国でドクターヘリは11機しかありませんでした。


お金がかかるという理由で、
ドクターヘリの導入には二の足を踏む病院や自治体が多かったのです。


ドクターヘリの購入金額は、
はっきりとはわからなかったのですが、
6億円くらいだそうです。


それ以外にパイロットや整備費、
燃料費などがかかってきますから、
いくら必要だと思っても
そんな簡単に買う決断はできなかったのはしょうがないことですね。


ですが、
國松孝次さんは、
国会議員にドクターヘリの重要性や必要性を訴え、
法律に定めるよう働きかけました。


國松さんをドクターヘリ普及の活動に誘った
医師の方達は、
國松さんの政治力に期待したのでしょうね。


期待通りの成果を國松さんは
出しました。


2007年に「ドクターヘリ特別措置法」が制定されます。


そのおかげで、
2014年時点で日本全国で
43機のドクターヘリが使われているそうです。


早稲田大学の小泉祐也さんのレポートでは、

「ドクターヘリの利用によって死者を
133 人(26.8%)減らす効果を上げることができたと考えられる」

と考察されています。


國松孝次さんの活動で、
日本の救命医療が前進したのは
嬉しいことですね〜


税金を使うなら、
こういうところに多く使って欲しいなあ。



スポンサーリンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。