羽田孜の経歴は?息子や妻は?家族や後継者が気になる!



羽田孜さんは、
14期も衆議院議員務めました!

また短命ではありましたが、
第80代内閣総理大臣を務めました。

羽田さんは、
すでに政界を引退していました。

ご自身が父の羽田武嗣郎さんの
後継者として、
議員になりました。

2世議員ですね〜

羽田さんの息子も
現在議員になっていますが、
後継者という形にはなっていないようです。

政治家も
いろいろありますね〜

羽田さんを支え続けた妻も
気になります〜

調べてみました〜

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羽田孜の経歴


羽田孜(はた つとむ)さんは、
1935年8月24日生まれでした。


出身地は、
現在の東京都大田区蒲田です。


残念ながら老衰のため、
2017年8月28日に亡くなられました。


82歳でした。




羽田孜画像





羽田さんは、
衆議院議員を14期、
第80代内閣総理大臣、
農林水産大臣、
大蔵大臣、
外務大臣を務めました。


また、
もともと自民党でしたが、
野党に転じた後、
新生党党首、
太陽党党首、
民政党代表、
民主党幹事長などを歴任しました。


ちなみに、
内閣総理大臣には、
新生党、
社会党、
公明党、
民社党、
社会民主連合の
非自民・非共産連立政権から
選ばれました。


細川総理の次の内閣総理大臣です。


在職期間が64日という短さでした。


羽田さんというと、
省エネルックが有名ですよね。


背広をただ半袖にしただけの服でした。


世間には浸透しませんでしたが、
ご本人は夏になると
必ず着ていましたね〜


可笑しくも思いましたが、
羽田さんの生真面目さも感じましたね〜


政界を引退したのは、
2012年でした。


政界に入る前は、
小田急バスに勤務していました。


観光課に配属され、
企画を担当していました。


修学旅行なども企画したそうです。


政治家になるつもりは無かったようですが、
父が倒れたために、
政界入りしました。


1969年に父の後継者として、
衆議院選挙に立候補し、
トップ当選でした。


やっぱり2世議員は強いですね〜



羽田孜の家族・妻や息子


羽田孜さんの家族は、
妻の綏子(やすこ)さんと
息子の羽田雄一郎です。


妻の綏子さんは、
旧首相官邸がものすごくボロく汚くて、
それを改修した奮闘記を執筆しています。


変な霊もいっぱいいたらしいです・・・

2・26事件の舞台ですよね。。


なので、
歴代総理はあまり官邸を使わなかったそうです。


官邸を使った方は、
お祓いなどをきちんとしたそうです。


怖ろしい場所だったんですね〜


今は建替えられたので、
安倍昭恵さんは、
記者との面談などにも使っているようでしたね〜


さて、
羽田孜さんは、
政治家になるつもりは無かったようなので、
急に政治家の妻になることになった
綏子さんは、
とまどうこともあったのではないかと察せられます。


政治家になるどころか、
総理大臣になったのですから、
青天の霹靂ですね〜


ただ綏子さんは、
官邸改修奮闘記まで執筆するくらいですから、
とってもバイタリティ溢れる
魅力的な方なのではないかと思います。


またエッセイ本でも
執筆されないのかな〜


ところで、
息子の羽田雄一郎さんは、
議員になっています。


ですが、
羽田さんの後継者という形ではないようです。


羽田さんは2009年に
次の選挙でご自分が引退されると表明された時に、
「世襲は認めない」
とおっしゃって、
息子の雄一郎さんを
衆議院選挙長野3区の後継者にしませんでした。


雄一郎さんは、
1999年にすでに参議院選挙に立候補し、
当選していました。


羽田さんが、
2012年の衆議院選挙で引退した時、
雄一郎さんの衆議院への
鞍替えの意向もあったようですが、
当時の野田総理が認めなかったため、
雄一郎さんは後継者とはなりませんでした。


2017年8月現在も、
参議院議員として活動しています。


政治に詳しくない私でも、
羽田さんが総理になった頃のことは覚えています。


現在の安倍一強
(ちょっと崩れつつあるらしいですが)
とは違って、
混沌とした時代でした。


ニュースなどでよく見ていた人が、
亡くなるのは、
やっぱり寂しいものですね。



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