山田孝之さんが演じる佐久間清太郎は、
ドラマ『破獄』に出て来る脱獄常習犯です。
このドラマの中で、
山田孝之さんは「佐久間」という男を演じるのですが、
この男にはモデルがいました。
超人的な体力で怪力の持ち主だったそうです。
ちなみに、
このドラマの原作は、
吉村昭さんの小説です。
ゴールデンタイムらしく
<完全無欠の看守VS史上最悪の脱獄犯>
という構図のドラマにしたのですね〜
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山田孝之が演じる佐久間のモデル
このドラマでは、
ビートたけしさんが演じる看守・浦田進が主役となっています。
ですが、
吉村昭さんの小説では、
浦田はほとんど登場せず、
あくまで脱獄常習者の佐久間清太郎が主役です。
山田孝之さんが演じる佐久間のモデルは、
白鳥由栄(しらとり よしえ)
という男でした。
26年間の服役中に4回も脱獄し
「昭和の脱獄王」
と呼ばれた男でした。
今とは設備が違うとはいっても、
看守が目を光らせているはずですし、
そう簡単に脱獄できるわけがない。。
人並みはずれたところがある人だったのでしょうね。。
白鳥由栄さんは、
1907年7月31日に青森で生まれました。
小さい頃に養子になっています。
この時代の養子だと、
良い扱いはされなかったのではないかなと
想像してしまいます。
お豆腐屋さんに養子にいったとのことで、
白鳥さんを養子に迎えた先では、
白鳥さんを労働力と考える側面もあったのではないかなあ。。
大きくなるにつれ
白鳥由栄さんは素行が悪くなり、
1933年に強盗殺人を犯してしまいます。
2年間は逃げていたようですが、
自首して刑務所に行くことになりました。
白鳥さんは自首していますから、
ちゃんと罪を償おうという気持ちだったのだと思います。
ですが、
刑務所での待遇が劣悪でした。
これに抗議したことから、
さらに待遇が悪くなり・・・
いわば脱獄せざるを得ない状況になってしまったようです。
更生の場が犯罪者を作り出してしまった
ということですね。。
服役期間が合計で26年間。
脱獄して逃亡していたのが3年間。
1979年に72歳でなくなりましたので、
人生の1/4で刑務所と関わっていたということになります。
仮釈放後は穏やかに暮らしていたようです。
亡くなった時には、
無縁仏とされそうでしたが、
仮出所後に近所で仲良くしていた子供だった女性が、
遺体を引き取り埋葬してくれました。
このエピソードを見ると、
白鳥さんの本質は、
優しくて良い人だったのではないかと思います。
最初の犯罪は若気の至りでしたが、
その後は止むに止まれぬ事情だったのかな・・と
つい白鳥さんに肩入れしてしまいます。
仮釈放前にいた府中刑務所にはいる前は、
逃亡犯でしたが、
警察官にタバコをもらったことで、
あっさり自首してしまいますし、
府中刑務所では、
凶悪犯扱いはされず、
ちゃんと人間的な扱いをされたそうです。
それで模範囚となり仮釈放ももらえました。
ただ自分を人として認めてもらいたかった
それだけだったのでは?
そう考えると、
刑務所側の対応に憤りを感じます。
刑務所の待遇の悪さというところから、
『告発』という映画を思い出しました。
アメリカのアルカトラズ刑務所での虐待を告発したという
実話をもとにした話です。
ケヴィン・ベーコンが主演だったのですが、
映画を見たときには怒りを感じました。
2度は見たいと思わないのですが、
アメリカ映画らしく終わり方に救いはありますので、
見てもらいたいです〜
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佐久間の脱獄方法
『破獄』の中で佐久間清太郎が
脱獄したのは4回。
その脱獄には、
佐久間の人並みはずれた体力と運動能力、
そして観察力があったからだと思います。
もちろんそれはモデルとなった
白鳥由栄さんがそうだったのだと思います。
最初の脱獄
準強盗致死罪で無期懲役刑になります。
収監されたのは青森刑務所でした。
とにかく佐久間のすごさは、
計画性が高いことです!
まず、
まず入浴時に
手桶にはめられていた金属製のたがを外して
自分の房に持ち帰り、隠しました。
そして入浴後のあとで房に入るときに、
ふやけた手のひらを房の鍵穴に強く押し付けて型を取ります。
さらに入浴時に、
体を洗うふりをして
たがを床のコンクリートで削り合鍵を作ります。
その合鍵で房の戸を開けて脱獄しました。
しかも日頃
佐久間にひどい対応をする看守が当直の夜に脱獄を実行しました。
2回目の脱獄
秋田刑務所で「鎮静房」という
狭くて、
頑丈で、
天井が高い
監獄に入れられました。
ここからの佐久間の脱獄方法は、
まず看守が視察窓を覗く間隔をはかります。
看守が視察窓を覗いてその次に覗く間に
ふとんを巻いて壁に立てかけ、
天井近くにある明かりとりの窓の木製の枠を確認します。
すると、
窓枠は腐りかけていました。
さらには、その窓枠のガラス窓をとめている
五寸釘が錆びついていることも確認。
脱獄の決行時には、
ふとんのなかに物を詰めて自分が寝ているように見せかけました。
本来なら囚人は布団をかぶって寝てはいけないことになっていますが、
日頃から佐久間は布団をかぶって寝ていることを看守に黙認させていました。
なので、
佐久間が脱獄したことに看守達が
気づくのが遅れてしまったんですね。
そして、明かり窓から脱獄しました。
3回目の脱獄
網走刑務所に収監された佐久間は、
独居房に入れられました。
しかも、
鍵穴のない特製の手錠足錠をつけられ、
さらには手錠は後ろ手につけられました。
食べる時にも外されなかったのです。
どのように脱獄したかというと・・・・
佐久間は看守に従うようになりました。
その態度に看守は騙され、
手錠は後手につかけらえていたものが、
前につけられるようになり、
足かせも外されました。
しだいに入浴の際には手錠を外されるようになりました。
手錠をとめるナットの頭をつぶしていたのに、
それもやらなくなりました。
そのうち佐久間は具体的に脱獄準備を始めます。
味噌汁を手錠のナットと鉄製の視察窓のネジにたらすことで、
腐食するようにします。
腐食が発覚しないように、
神経痛を理由に入浴の免除してもらいます。
寒さしのぎの運動をしているということにして、
手錠を壁に打ち付けナットをゆるませます。
さらには、
床板に古釘で傷をつけ、
看守の目が独居房の床に向くようにしむけます。
そして、
またも自分への対応が悪い看守の当直の日に脱獄します。
まず、手錠を外し、
視察窓の鉄枠をはずし、
頭サイズの隙間から独居房から外に出ました。
その後、
壁の天窓まで走り、
頭で窓を突き破って建物の外に出ます。
さらには、
内塀を乗り越え、
暖房用煙突の支柱をひきぬきます。
その支柱を持って走り、
外堀に立てかけて刑務所の外に飛び降り脱獄が成功しました。
この後2年間佐久間は逃げ続けました。
4回目の脱獄
佐久間はまず便器のたがをはずします。
そのたがに釘できざみをつけて
ノコギリを作ります。
そののこぎりで床板を切り、
その床板を持ち上げて床下に潜り、
食器で土を掘り刑務所の建物の外に出ました。
この時にも、
佐久間は天井近くの小窓をちらちらみたりして、
注意をそちらに向けていました。
心理戦でも完全に有利に立ってますw
佐久間は命がけですものね〜
気迫が違います・・
これが佐久間にとって
最後の脱獄になりました。
次に入った刑務所で、
佐久間は人間扱いされ、
他の囚人と同じように扱われたからです。
寓話の「北風と太陽」と同じですね。
佐久間は、
人間らしい扱いを望んでいただけだったと思えます。
ただ単に歳をとってあきらめた・・
ということではないと思いますね。
ある意味華々しい脱獄歴で、
端から見ると今度はどうやって出し抜くんだろう・・
とわくわくして見てしまうところもあります。
ですが、
佐久間本人は、
人間らしい扱いをされれば、
脱獄する必要は無かったのでしょう。。
脱獄モンスターを作ったのは、
看守達の扱いだったというのが皮肉ですね。
なんだか、
佐久間の行動からは、
子育てや教育にも通じるような教えが
あるように感じます。
抑圧すれば反発するだけ・・
うーーーん、反省します〜
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