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破獄のモデルはもう1人いた?脱獄王・西川寅吉とは?何回逃げた?

『破獄』のモデルは、
白鳥由栄といわれています。

ですが、
もう1人モデルがいたのではないか?
と思っている人が多いようです。

『破獄』のもう1人のモデルと思われているのは、
西川寅吉という人物です。

西川寅吉という男もまた、
白鳥由栄のように脱獄を繰り返した人です。

白鳥由栄よりは、
50年ほど昔の人ですね〜

脱獄犯って、
凶悪犯なのですけど、
なんとなくヒーローチックだと思いませんか?

実際脱獄犯が、
自分の住んでいる地域に逃げて来たら、
家の鍵をすべてかけて、
絶対外に出ないと思います。

ですが、
脱獄犯の話はなんとなくワクワクします〜

閉じ込められた場所から脱出すること自体が、
手品のようにも思えますし、

自由を手に入れるという希望が
向こう側に見えるからでしょうか?

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西川寅吉は何回脱獄したか

西川寅吉は、
1854年に生まれた男性です。

1854年の安政元年に生まれました。

<最初>に投獄されたのは、
寅吉が14歳のときでした。

自分を可愛がってくれた叔父を殺した人に
仇討ちしようとして、
その人に斬り付け、
さらにその人の家に火をつけました。

凶悪犯罪です。。。

そのため無期懲役刑で収監されました。

そこで、
仇討ち相手がまだ生きていることを知り、
仇討ちのため脱獄しました。

西川寅吉は、
まだ14歳だったことと、
犯した犯罪が仇討ちだったということで、
受刑者にかわがられていたので、
他の受刑者達が協力してくれたそうです。

ですが、
捕まってしまいます。
まだ仇討ちを果たしていなかったため、
<2回目>の脱獄。

この時も他の受刑者の協力を得て、
脱獄しました。

<3回目>の脱獄は、
2回目の脱獄後、
賭博師として全国を巡っている時に捕まりますが、
また脱獄。

この後捕まって
樺戸刑務所に収監されていましたが、
ここで、
<4〜6回目>の脱獄を繰り返します。

合計で6回の脱獄です。

その後は良い看守に当たったので、
脱獄はせず、
高齢を理由に仮出所しました。

そのあとは、
自分の経験を語る巡業をして、

最期は息子に引き取られ、
布団の上で安らかに亡くなりました。

波瀾万丈ではありますが、
西川寅吉は、
器用に生きた気がします。

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破獄のもう1人のモデル?

西川寅吉は、
「昭和の脱獄王」といわれる白鳥由栄と違って、
技術で脱獄したのではないですね〜

脱獄に技術があるのかどうかは疑問ですが、
少なくとも白鳥由栄は、
たぐいまれなる脱獄の才能をつかって脱獄しています。

一方、
西川は囚人仲間に助けられて、
脱獄しています。

それに時代が50年違います。

刑務所の施設も
頑丈さや警備体制なども、
白鳥由栄の時代とは比べ物にならないほど、
脆弱だったのではないでしょうか?

白鳥由栄は亡くなった時、
無縁仏として埋葬されそうになりました。

なので、
布団の上で安らかに眠った西川とは、
同じ脱獄王と言えど、
全然違う人生を送ったと言えると思います。

白鳥由栄は、
不器用故に脱獄せざるを得なかった
という風に感じます。

また
『破獄』の著者である吉村昭は、
白鳥由栄の刑務官だった人物から聞いた話
をもとに小説を書いたと言っています。

なので、
西川寅吉が『破獄』のもう1人のモデルということは、
無いのではないかと思います。

ところで、
人物としてどちらが魅力的かと言えば、
私は白鳥由栄の方を選びます。

チャンバラものの話だったら、
西川寅吉の話もおもしろそうですけどw

『破獄』のモデルとしての白鳥由栄に関する記事を書いています〜

関連記事:破獄で山田孝之が演じる佐久間のモデルや脱獄方法は?ネタバレ

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