勝俣恒久さんは、
東京電力の元社長です。
福島第一原発事故の時には、
代表取締役会長でした。
その後放射能を避け、息子や娘を連れとっととドバイに移住したという
噂も出ました。
ものすごく嫌な気分でしたが、
本当のところはどうだったのでしょうか?
勝俣恒久の華麗な経歴と家系が
気になります。
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勝俣恒久の経歴
勝俣恒久(かつまた つねひさ)さんは、
1940年3月29日生まれです。
東京都出身です。
大学卒業後、
1963年に東京電力に入社。
企画部にずーっと配属されていました。
2002年10月に、
東京電力第10代代表取締役社長に就任。
2008年6月に、
東京電力代表取締役会長に就任しました。
2012年6月の株主総会で、
会長を辞任。
さらに、
2013年6月に日本原子力発電の取締役も辞任。
これによって、
東京電力の役職から、
すべて退きました。
東京電力は、
役所ではないので、
日本全国あちこち行かないし、
いろいろな部を渡り歩くこともないんですね。
さらに、学歴についてです。
中学校は、
世田谷区立太子堂中学校。
確か三軒茶屋の近く・・
高校は、
東京都立新宿高等学校。
そして大学は、
東京大学経済学部卒業です。
官僚もそうですけど、
やっぱり日本は東大が動かしているって感じがします。
いいんだか悪いんだか・・
良いと思いたいですけどね。
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勝俣恒久の娘と息子
勝俣恒久さんの息子さんについては、
情報がありませんでした。
ですが驚いたのは、
娘さんのことです。
勝俣恒久さんの娘さんは、
福島第一原発事故のときの社長である
清水正孝さんのお嫁さんです。
なので、
事故の会見の時には、
義理ですが親子で会見に臨んでいたということになります!
うーーん、
まさか政略結婚とか、
自分の影響力を残したいとか、
そんなことではないですよね。。
21世紀ですからね〜
ただ社長の勝俣恒久さんの後釜の社長候補は、
熾烈な争いがあったようです。
それに清水さんが勝利したのは、
勝俣恒久さんの影響がなかったとは
言えない気がします。
こわいなあ〜
勝俣恒久の家系
勝俣恒久さんの父は、
代々木ゼミナール創設者の一人である
勝俣久作さんです。
勝俣久作さんは、
農家の次男で、
がんばって教員になった方だそうです。
その息子が
勝俣恒久さんです。
恒久さんは、
5人兄弟の四男でした。
長男の勝俣孝雄さんは、
新日本製鐵元副社長で、
九州石油元会長です。
そして、
弟の勝俣宣夫さんは、
丸紅の元社長。
さらに次男の勝俣邦道さんは、
日本道路公団元理事。
三男の勝俣鎮夫さんは、
東京大学名誉教授です。
5兄弟が5人ともすごいのですけど!!!
これは教育者であった親の教育の結果でしょうか・・
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